大竹伸朗

アートと日常

大竹伸朗の企画展に行ってきました。2001年に直島コンテンポラリーアートサイトのThe Standard展で元酒店を改造した作品(落合商店だったか?)を見て以来ですからまともに見るのは5年ぶりでしょうか。東京都現代美術館3フロアをフ ルに使っているだけあってさすがに壮観でした。ややお腹一杯にはなりはしましたが、今見ても光るものあり相変わらずのガラクタありと非常に楽しませてくれ ました。

そこにあるのは「美術」ではなく間違いなくアートワークだということを強く感じました。そして実に身近なモチーフが存在してい ます。スクラップブックなどは典型であり、荷物タグやマガジンの切れ端、古い写真、ポスター、広告看板の類いが素材になっていることで違和感なくむしろ親 近感を持って接することができます。
そもそもこうした素材は気に留めなければその辺りにころがったままのモノやゴミで終わる代物に過ぎません。 アーティストであればこそそれらを生かし表現として捉えることが出来、一般市民は、その「作品」を鑑賞するあるいは感じとることと言ってしまえばそれまで かも知れません。
しかしこれをちょっとした理屈を持って眺めるに、「自己表現」と言うより、「在るあるいは在ったものを理解する」ということに置 き換えてみると実に意義があるように思えてきます。誰しも少なからず日記や手帳に今を記録します。昔の写真などアルバムに多く保存しているでしょうし、 ホームビデオで撮った画像を見ないまま仕舞っている人もいるでしょう。それらを時系列やランダムにでも貼付けて行くなど、起きた事象を改めて理解するのに 随分と面白いアクティビティーのように感じます。理解は発見を誘起することにもつながります。今流行の大人のぬり絵で楽しんだり、絵画や昔のおもちゃの収 集など何か陳腐な行為にも思えてきます。
例えば、結構出来の良かった当時の小学校の通知表(結構残ってたりします)を台紙にして今までの節目の出 来事や気になって取ってある役にも立たないモノなどを貼付けていけば自分流コラージュが出来上がるはずですし、新たに何かを知る切っ掛けになるのではと感 じました。
そんなことを思い巡らしながら大竹ワールドを漂ってきました。
それにしても2000点もの作品、搬入が大変だったろうなあと変 な感心もしてしまうほど
でした。

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