造形教室のスタート

造形教室のスタート

今月からいよいよ子ども造形教室のスタート。
代々木公園アートスタジオとの再会がなければ、このような形での開校とはならなかったと、縁の大切さを実感しています。
そもそもなぜ‘造形’なのか。これは自身が二十数年間ビジネスの世界で過ごし、クラフト、アートそしてデザインに関わっている今があるからこそ取り組むべきものと考えていたものです。
イタリアのプロダクトデザイナーであり絵本作家でもあるブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari)は、デザイナーが企画をする際の要諦についてこう記述しています「創造力とは、方法のない即興を意味するのではない。それでは混乱が生まれるだけで、若者に自分は自由でインディペンデントなアーティストだと勘違いさせてしまう。企画の方法における一連の作業とは、客観的価値から成り立っており、その客観的価値が、クリエイティヴな企画者の手の中ではじめて有効な手段となるのである。(中略)デザイナーにとっての企画の方法は、絶対的なものでも、決定的なものでもない。そうではなくて、プロセスを改善するような他の客観的価値があれば、いつでも修正できる方法のことである。その行為は企画設計者の創造力へとつながるものであり、企画設計者は方法を用いるなかで、方法そものを改良するなにかを発見するかもしれない。つまり、方法の規則が企画設計者の個性を阻むことはないのである。むしろ、他の人にも役に立つかもしれないものを発見するように促すものなのだ。」(『モノからモノが生まれる』萱野有美訳、みすず書房)

これはデザインの領域に限らず、広くビジネスの企画立案にも全く当て嵌まります。「考える」「工夫する」「発見する」ことは、自由な思考の世界からではなく、一定の問題提起から方法論的プロセスを経て解決する中から生成される産物だと気付かされます。
そして”造形”に参加することは、プロセスを理解し実践できる誰でも取り組めるプリミティブな行為だと考えます。世に多く出ている速攻的ハウツーものなどをあれこれ読むより、「四六判の板材を使って機能性がありもちろん座れる椅子を3日間で作れ」という課題に取り組む方がよほど役に立ちます。

ではなぜ大人ではなく“子ども”なのか。子どもにとって造形は遊びの一種です。理屈の世界ではなく真から制作することに向き合える行為であり、そこからプロセスの大切さが学べプランすることの重要性も理解できる。そう考えています。遊びにも一定のルールがありますからこれも大切なこと。「遊び」についてはまた項を改めて。
造形を通じて「想像する」「考える」「推理する」「工夫する」そして「発見する」。そして創造力形成の土台を作る。後に彼らは、創造力を正しい意味で理解出来る“大人”に成長する。そんな仮説を実践によって明らかにすることに、微力ながらも取り組んでいきたいと思っています。

ベンシャーンの絵に触れて、表現することの凄さに感動したのは高校2年生の時。長い時を経てベーシックに戻った、そんな気もしています。

  • 2010-04-20 (火) 16:41
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